電子をぶつけるだけでX線が出るって…
どういう仕組みなんですか?

そらあれや!
ターゲットがビックリして『ピカーッ!』て光るんやろ!
要はカメラのフラッシュとおんなじや!


誰がカメラのフラッシュじゃ。
世の中被ばくだらけになるぞぃ。

電子の運動エネルギーがX線という形に変わる。
これが“制動放射”って仕組みなんだよ。
「電子をぶつけるだけでX線が出る」――そう聞くと、ちょっと不思議に感じませんか。
しかも、そのX線には“いろんな波長”が混ざっていて、ひとつの線じゃなく連続した光の分布になるんです。
実はこれ、電子がターゲットにぶつかったときに減速してしまうことが原因。
そのとき失ったエネルギーが、そっくりそのままX線として放たれるんです。
この記事では、そんな制動放射線の仕組みをやさしくたどりながら、
クラマースの式やクーレンカンプの式が“何を教えてくれるのか”も一緒に見ていきます。
X線管の中で起きていることがわかると、装置の出力や撮影条件の意味も、きっと違って見えてくるはずです。
X線はどうやって生まれるの?
X線管の中では、目に見えない世界で壮大なエネルギーの変換が起きています。
電気の力で電子を加速し、それがターゲットに衝突することで光が生まれる――。
ここでは、その一連の流れを順を追って見ていきましょう。
電子を加速してターゲットへ

X線が生まれる最初の舞台は、陰極(フィラメント)です。
ここに電流を流すと熱せられ、表面から電子が飛び出します。
このように、熱によって放出される電子を熱電子と呼びます。
放たれた熱電子は、真空中を漂う間もなく、強力な電場に引き寄せられます。
その電場を生み出しているのが、反対側の陽極(ターゲット)です。
陰極と陽極のあいだには高い電圧(管電圧)がかかっており、
電子はその電位差によって一気に加速されていきます。
たとえば管電圧が100 kVなら、1個の電子が得るエネルギーは100 keVになります。
この関係については、A2の記事「放射線物理に必要な物理単位まとめ|速度・圧力・電気など12個を簡単整理」で扱いましたね。
加速された熱電子は光速の半分ほどの速さにまで達し、そのままターゲット金属へ突っ込んでいきます。
つまり、陰極で生まれた熱電子が、陽極へ向かって走る――
この“走るエネルギー”こそが、のちにX線のもとになる運動エネルギーなのです。
減速すると光る? 制動放射の基本原理

陽極ターゲットに突っ込んできた(入射した)電子たちは、そこでいきなりブレーキをかけられます。
ターゲット内部には原子核がぎっしり詰まっており、その正の電荷が電子を強く引き寄せるからです。
電子はその引力に引かれながら進路を曲げられ、まるで急カーブを切る車のように減速します。
このとき、電子は“進む力”を少し失い、そのエネルギーが電磁波(=X線)に変わります。
これが制動放射(Bremsstrahlung)という現象で、このときに放出されたX線は制動放射線と呼ばれます。
ドイツ語で「ブレーキ放射」という意味の通り、電子がブレーキを踏むたびに光が生まれる――そんな現象です。
ただし、「止まったとき」ではなく、「曲げられた瞬間」に放射されることがポイントです。
電子がどれくらい強く引き寄せられたか、つまりどれだけ急に方向を変えたかによって、
放たれるX線のエネルギー(=波長の短さ)が変わります。

たとえば、ほとんど減速せずに通り過ぎた電子は、低エネルギーのX線しか出しません。
一方で、原子核のすぐそばを通って大きく減速した電子は、
持っていた運動エネルギーをほぼすべて放出してしまい、高エネルギーのX線を放ちます。
このように、電子ごとに減速の度合いが違うため、
X線(制動放射線)のエネルギーも一様ではなく、様々はエネルギーが連続的に混在する連続スペクトルとして現れるのです。
だから制動放射線は、波長の幅を持った“なだらかな山形”のグラフを描きます。
制動放射の性質をつかもう
制動放射線は“減速の度合い”によって生まれるエネルギーが変わるため、
一つひとつの電子が放つX線にばらつきがあります。
その結果として現れるのが、連続的に広がるスペクトル。
ここでは、その性質とエネルギーの上限を決める法則を見ていきましょう。
なぜ連続スペクトルになるのか

X線管で発生した制動放射線を波長ごとに分析すると、
山のように滑らかに連なるグラフが現れます。
これが連続スペクトルです。
原因はシンプルで、電子が減速する程度が毎回異なるからです。
原子核のすぐそばをかすめて一気に減速する電子もあれば、
遠くを通ってほとんどスピードを落とさない電子もあります。

たとえば、高速道路でいろんな車がそれぞれのタイミングでブレーキを踏むようなもの。
ブレーキの強さがバラバラなら、減速の仕方も、放たれる光(X線)のエネルギーもまちまちになります。
その結果、波長が短いX線から長いX線まで、連続的に分布するのです。
このグラフの形は、ターゲットの材質によって大きく変わることはありません。
銅でもタングステンでも、基本の形は同じです。
つまり制動放射の連続スペクトルは、「電子が減速するという現象そのもの」によって決まっているのです。
最短波長とデュアン・ハントの法則

制動放射のスペクトルには、右端に“打ち止め”のような位置があります。
これより高いエネルギーのX線は出ません。
ここが制動放射線の最大エネルギーとなります。
また、エネルギーと波長の関係式は以下のようになっています。
$$ E=\frac{hc}{λ} $$
ここで、h:プランク定数、c:光速、E:制動放射線のエネルギー、λ:波長です。
つまり、制動放射線のエネルギーが最も高いとき、波長は最も短くなります。
これを最短波長と呼び、その位置を決めるのがデュアン・ハントの法則です。
法則の内容はとても単純で、
「電子の持っていた全エネルギー(=加速電圧)を、まるごと1個のX線に変えたとき」
そのX線の波長が最短になる、というものです。
式で書くと次のようになります。
$$
\color{#B22222}{
\pmb{
\begin{aligned}
\lambda_{\min} &= \frac{hc}{eV} \\[6pt]
&= \frac{1.24}{V}
\end{aligned}
}
}
$$
ここで、
h:プランク定数、c:光速、eV:電子のエネルギー(加速電圧×電荷)、V:kV単位の管電圧です。
この式で求められるのはnm単位の最短波長です。
たとえば管電圧を2倍にすると、電子のエネルギーも2倍になります。
すると最短波長は半分になり、より高エネルギー側までX線が広がります。
つまり、管電圧が高いほど硬い(エネルギーの高い)X線が得られるわけです。
この最短波長は、後で扱う「クラマースの式」や「クーレンカンプの式」のグラフでも、
スペクトルの端を決める重要な基準になります。
※スペクトルの端:スペクトルの横軸が波長なら左端、エネルギーなら右端にあたります。
※上の図では横軸がエネルギーなので、右端となります。
制動放射の強度分布を理論で見る
前のセクションでは、「制動放射」がどうやって生まれるかを感覚的に見てきました。
ここではもう一歩踏み込んで、「その強さがどう変わるのか?」を理論的に考えてみましょう。
制動放射では、加速電圧が大きいほど高エネルギーのX線が出やすくなりますが、
その分、低エネルギーのX線もたくさん混ざっています。
この“分布の形”を説明するために生まれたのが、
クラマースの式やクーレンカンプの式といった理論です。
どちらも、
「電子がターゲットにぶつかって減速するとき、どんなエネルギーのX線をどれくらい出すのか」
を数学的に表すものです。
つまり、制動放射線のエネルギー分布(強度分布)を示しているのです。
ではまず、基礎となるクラマースの式から見ていきましょう。
クラマースの式でわかること
クラマース(Kramers)の式は、制動放射のX線強度を最もシンプルな形で説明する理論です。
シンプルとは、古典量子論でという意味です。
つまり、制動放射線のエネルギー分布を古典量子論的に説明した式をクラマースの式といいます。
電子が金属ターゲットの原子核の電場で減速されるとき、
どんなエネルギーのX線を出すのか――それを“理想的な条件”で近似したものなんですね。
式の形はおおよそ次のように表されます。あくまでおおよそです。
$$I(E)=K\cdot Z\cdot (E_0-E)$$
ここで、
- I(E):エネルギーEのX線強度
 - Z:ターゲット金属の原子番号
 - E0:電子が持っていた最大エネルギー(=加速電圧に対応)
 - K:定数(比例関係の係数)
 
つまり、電子が持つエネルギー E0 から実際に放射されるX線のエネルギー E を引いた分だけ、強度が変わるという考え方です。
このため、グラフにすると「高エネルギー側でゼロに近づく直線的なスペクトル」になります。

クラマースの式のすごいところは、
実際のスペクトルの“全体的な形”をかなりよく再現できる点です。
細かいピーク(特性X線)は含まれませんが、
制動放射の“山なりの分布”を理解するうえでの出発点になるんです。
これ、式も覚えなきゃだめですか?


式の中身まで問われたことはありませんね。
式自体を覚える必要はありませんが、
「制動放射線とクラマースの式は関係がある」ことは押さえておきましょう。
クーレンカンプの式とのちがい
クラマースの式は「理想的な条件下での近似式」でした。
つまり、電子が金属ターゲットにぶつかって減速する際、
エネルギー損失がなめらかに起こると仮定しているわけです。
でも、実際のX線管の中ではそんなに単純ではありません。
電子は金属原子の電場の中で、
さまざまな距離や角度で減速されるため、
放射されるX線の強さには微妙なばらつきが生じます。
この“現実のずれ”を補正するように提案されたのが、クーレンカンプ(Coulomb–Kramers)実験式です。
クラマース式をベースにしつつ、電子の速度やクーロン力の影響を考慮して改良されたものなんです。
クラマースの式に「実際の測定結果」をもとに補正を加えたものです。
複雑になってくるので、紹介は割愛します。
つまり、国試で式の中身は問われないということ。
式の詳細は複雑ですが、ざっくり言えばこうです。
- クーレンカンプの式では、電子と原子核との相互作用の確率(断面積)を取り入れている
 - その結果、低エネルギー側のX線強度がより実測値に近づく
 
グラフで比べると、クラマース式はやや単純な直線的な分布、
クーレンカンプ式は少し丸みを帯びて、低エネルギー側が高めに補正されたカーブになります。
つまり――
クラマース式は“理想のモデル”、
クーレンカンプ式は“実際に近づけたモデル”という関係なんですね。
つまりどういうこっちゃ?


クラマースと同様に制動放射線のエネルギー分布を示してるってだけ分かっていれば大丈夫だよ。
電子エネルギーとX線強度の関係
ここまでで、「クラマースの式」と「クーレンカンプの式」が
それぞれどんな特徴を持っているかを見てきましたね。
では、加速電圧──つまり電子のエネルギー──を変えると、
制動放射の強度はどう変わるのでしょうか?
これは直感的にも理解しやすくて、
電子のエネルギーが高いほど、ターゲット原子の電場に突っ込む勢いも強くなります。
そのぶん、より多くのエネルギーが放射(=X線)として放たれるわけです。
式で表すと、クラマース式にも出てきたように
エネルギーの上限 E0(=加速電圧)によってスペクトルの右端が決まります。
電圧を上げれば、その端(最短波長の位置)は右側にずれていき、
全体の強度も大きくなるという関係です。
クーレンカンプの式で見ると、この関係はさらにリアルで、
低エネルギー成分の強度増加も一緒に再現されます。
つまり、電圧を上げると「山全体が持ち上がる」ような変化を示すんですね。
まとめるとこうです。
- 電子のエネルギー(加速電圧)を上げると、X線強度が全体的に増える
 - 最短波長は短くなる(=より高エネルギーのX線が出る)
 - 低エネルギー側も、クーレンカンプの式で見るとより現実に近いカーブになる
 
実際の過去問を見てみよう。

2008年に実施された第60回国家試験からのご紹介。
ちょっと古いですが、現在でも出題される可能性が十分にある内容です。
答えを確認する。
正解は 4 です。
できましたか?
デュエンハントの法則を使えば何のことはない計算問題です。
注意しなければならないのは、波長と管電圧の単位を意識することです。
計算過程はこのようになります。
$$
\boldsymbol{
\begin{aligned}
V&=\frac{1.24}{λ_{\min}}\\[6pt]
&=\frac{1.24}{2\times10^{-2}}\\[6pt]
&=62[kV]
\end{aligned}
}
$$
医療現場でのかかわり
私たちが病院で使っているX線のほとんどは、
この制動放射によって生まれています。
撮影用のX線管の中では、電子がターゲット金属にぶつかって減速し、
そのときに放たれたエネルギーがX線となって飛び出しているんです。
つまり、「制動放射がわからないと、X線撮影の原理がわからない」というくらい、
この現象は医療現場の根本に関わっています。
どんな検査でも、その背景にはこの小さな減速の瞬間がある――
そう思うと、X線管の中も少し身近に感じられますね。
まとめ
制動放射は、熱電子がターゲットにぶつかって減速するときに放たれるX線のこと。
そのスペクトルは“連続的”で、最短波長はデュエンハントの法則から管電圧のみで決まります。
そのエネルギー分布は理論的にクラマースの式で近似され、より実測に近づけた補正版がクーレンカンプの式です。
医療現場で使われるX線の大部分は、この制動放射によるもの。
つまり、この現象を理解することが、X線撮影の原理を理解することにつながります。

電子がぶつかって光(X線)になる――それが制動放射。
 言ってみれば、X線撮影の“はじまる瞬間”なんですね。
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